「本当に検品しているんですか?」 〜その1 カタボケ

「本当に検品しているんですか?」 〜その1 カタボケ

お客様から初期不良のお申し出をいただくことがあります。これは本当に申し訳ないことで、協力工場ともども日々反省しております。そんな際、お客様からいただく声で最も厳しいのが、「本当に検品をしているんですか?」というご指摘です。

もちろん検品しております! 日の出光学の検品は業界内では厳しいほうで、工場からは正直不評です(笑)。大手メーカーの名前を挙げて、「○○○だってこんな厳しくは見ない」と言われたり、「これで返されてはコストに合わない」と言われたり。

ではなぜ、それがお客様に伝わらないことがあるのでしょうか。それは検品でどこまで不良をはじけるのか、ということについて、お客様と私どもの認識に開きがあるからだと思います。その開きを少しでも埋められたらなあと思い、このコラムを書くことにしました。

お客様からいただいたご意見・ご指摘をベースに、まさに「検品者泣かせ」といえる種類の不良について、ケース別に解説いたします。今回は、その一回目として、「カタボケ」と言われる不良について書いていきましょう。


カタボケとは、視野の一部のピントがボケている状態です。視野のどこかに直線を引いて、視野を二つに分けたとき、片方はピントが合っているのに、もう片方はピントが合わない状態です。

上の図のaのように、左側の1/3程度がピントが合わなかったり、bのように左斜め上がピントが合わない、cのように上半分がピントが合わないなど、方向は様々です。

カタボケの原因は多くの場合、プリズムにあります。下の図のように、ポロ双眼鏡であれば、片側に「下方プリズム」「上方プリズム」と、二つのプリズムがあるのですが、そのプリズムが微妙に傾いていることが原因です。


なぜこの「微妙な傾き」が生じるのでしょうか。それは、製造工程で、プリズムを微妙に傾ける必要があるからなのです。

どうしてわざわざ傾ける必要があるのでしょうか。それは、双眼鏡が両目で見る道具であることと深く関係しています。

あたりまえのことですが、双眼鏡の左目側と右目側で見えている景色がずれていたら、これは役に立ちません。(JIS・A級の基準では、8倍の双眼鏡なら上下方向のズレは4.5分以下に設定する必要があります。)

しかしプリズムやボディには微妙なずれがあるため、大抵の双眼鏡は組みあがった時点では左目側と右目側が微妙にずれています。

このとき、プリズムをほんの少しだけ傾けると、微妙なずれが調整され、左右の景色を一致させることができます。このプリズムを調整する作業は職人技で、日本でこれができる職人は、もう決して多くはありません。


ほとんどの双眼鏡は、製造工程においてこのプリズムを傾けるタイプの調整を行っています。そのため、程度の差はあれプリズムはほんの少しだけ傾いています。このことからすれば、程度の差はあれどんな双眼鏡も、多少は「カタボケ」しているのです。

しかし、このカタボケの程度が激しければ、双眼鏡の視野は見づらいものになります。そんな個体は検品ではじかなくてはなりません。


激しいカタボケを検品ではじくことはそれほど難しくありません。しかし、程度の小さいカタボケをはじくのは非常に難しく、まさに検品者泣かせと言えます。なぜ難しいのでしょうか。それは、人間の目の特性と関係があります。

人間の目には様々な特性がありますが、ここで関係してくるのは、

1、人間の目には、優秀なピント調整機能があるということ
2、人間の目が細部を見分けることできる範囲は狭いということ

1については普段からよく感じていると思います。双眼鏡のピント調整機能と同じように、目そのものにも優秀なピント調整機能が備わっています。双眼鏡自体のピントをそれほどシビアにあわせなくても、細かい調整は目が補ってくれたりします。

例えば、双眼鏡で20mの地点にいる鳥を見ていて、その後、その鳥が10mほど手前まで近づいてきたときに、ピントノブをさわらなくても、目そのもののピント調整機能であわせることができたりします。(もちろん双眼鏡の機種にもよりますし、個人差もあります。)

2については、ちょっとピンとこないかもしれません。むしろ、人間の目は結構広い範囲を見ることができる、という認識があると思います。

おおざっぱに物が見える視野は約60度であり、明るさだけであれば、約180度まで判別できるそうです(※1)。実際には180度に近いところまでちゃんと見えているようにも感じられますが、それは脳が補った結果であり、60度よりも外側に関してはそれほど見えていないとか。

ではその60度の範囲の中で、文字を読むなど、細部を見分けることのできる視野はどれくらいでしょうか。それは視野の中心のたった”1度”だと言われています(※1)。

意外ですか? 例えば、幅約20cmの本を目から40cm話して読む場合、本は約28度の視野の範囲内に収まります。しかし、それを読もうとする時、眼球を動かさないで読むことはできません。それどころか、わずか数文字ですら眼球を動かさずに読むことはできないのです。

そこからすると、細部を見分けることができなければ、ピントがあっているかどうかを判定することはできませんから、ピントが合っているかどうかを判定できる範囲は1度ということになります。

※1:『視覚系の情報処理』 哲学出版より


ある双眼鏡の視野左部分に、軽度のカタボケがあったとしましょう。検査員はまず、視野中心の1度の範囲を見ながらピントノブをまわし、ピントを合わせます。(双眼鏡の視野は、一般的なもので約50度くらいです。)

カタボケをチェックするために、視野の周辺をぐるっと順番に見ていきます。上の図のように、左部分はボケているのでピントが合わないはずですが、軽度のピントずれであれば、目そのものの機能でピントを補ってしまうため、ピントが合っていないことに気づきません。

最後にまた視野中心に視点を戻しますが、その時にはまた、目がピントを合わせなおしますから、問題なく見ることができます。このようにして、軽度のカタボケは検品をすり抜けます。


このように検品をすり抜けた個体が、お客様の手元に届いたとしても、多くの場合は問題になりません。お客様も検査員と同様、この軽度のカタボケには気づかないからです。つまり、お客様にとっても、検査員にとっても、これは不良ではありません。

しかし、このカタボケに対して、非常に感度の高い方がいらっしゃいます。それは、目そのもののピント調整機能が弱っている方、つまり、老眼の進んでいる方です。

検査員と比べて老眼が進んでいる人が、上の検品をすり抜けた双眼鏡を覗いたとき、カタボケに気づきます。ピントズレが軽度であっても、目で補うことができないからです。

交換を申し出られたお客様からその個体が返品されてきますが、やはり、検査員にはカタボケを見抜くことができません。


こんなときは、ヒノデスタッフの中でも一番老眼が進んでいるメンバーに何台か同じ機種を見せてみて、良さそうなのを代わりにお送りします。しかし、それでもやはりお客様はカタボケを感じることがあります。その時お客様はおっしゃいます。

「本当に検品をしているんですか?」

そこで私たちは、お客様に上のような説明をして「新たに3台ほどお送りしますので、その中で最も良いものをお選びください」とお伝えしています。


たいていの場合は、ここまでの説明でご納得いただけるのですが、ここからさらに疑問を感じられるケースもあります。

例えば、以前購入した6x30−B+は問題なかったのに、なぜ、6x21−S1はカタボケが目立つのか、という疑問をもたれたお客様がいらっしゃいます。

実は、コンパクトな双眼鏡ほど、カタボケは目立ちます。これは、ひとみ径の大きさや、対物レンズの焦点距離の長さ、そしてそれにともなうF値、ピントの深さの変化と関係があります。ここからは多少専門的な説明になりますので、興味のない方は読み飛ばしてください。


B+はひとみ径が5mmあります。しかし、普通の人が昼間に使う場合、瞳孔径は3〜4mm程度ですから、ここでは3.5mmとすると、実際には、ひとみ径は3.5mm分しか使われていないことになります。

5mm(ひとみ径)=30mm(口径)÷6倍(倍率)

3.5mm(事実上のひとみ径)=A(事実上の口径)÷6倍(倍率)
A=3.5mm×6倍
A=21mm

つまり、対物レンズは真ん中の21mmしか使われていないことになります。

焦点距離が変わる事はありませんから、このときF値(焦点距離÷口径)は、より大きくなります。カメラを使う方はわかるかもしれませんが、F値が大きくなればその分だけピントは深くなります。

B+に対してS1はコンパクトですから、B+と比較すると、焦点距離はかなり短いです。ひとみ径は3.5mmなので、昼間の瞳孔とほぼ同じですから、21mmの口径をいっぱいまで使っていることになります。すると、F値はそれほど大きくありませんから、ピントは浅くなります。

ピントが深い双眼鏡では、カタボケでピントがずれている部分があっても、ピントの深さで補ってしまいます。逆にピントの浅い双眼鏡では、ピントがずれるとすぐにわかるため、カタボケを認識しやすいです。だから、コンパクトな双眼鏡ほど、カタボケが増えるわけです。